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「私はいかにしてギター修理屋の親爺になったか」その1

最近「ブログ楽しみにしてます」
と、帰り際に小声で仰るお客様が時々居らっしゃるのですよ。
畏れ多いことです。
またありがたいことでもあります。
が、同時にプレッシャーもかかります。
画像がUPできるようになると、今度は逆に画像がないのに日記を書くのが申し訳なくなります。
なんか、中身が薄いみたいで。
で、また間が空いてしまう、と。
悪循環ですね。
なので、今日は画像ナシで書ける物を書きます。
以前に野平工房の野平君から「自伝を書くと注目度が違いますよ」みたいな事を聞いた気がするし。
ちょっと恥ずかしいんですけどね。
でも、これなら少しずつ続けて行けそうな気がします。


私こと伊藤澄は1956年(昭和31年)に千葉県市川市にて出生いたしました。
市川市役所のすぐそばに「八幡の薮知らず」という場所がありますが、そのすぐ近くの産院だったらしいです。
「八幡の薮知らず」知ってますか?
正確には「八幡不知薮」と書くんですか?間違ったらごめんなさい。
ココはすごいですね。
ミステリースポットですよ。
何百年間もの間、立ち入ってはいけない魔のスポットとしてそのままになってるんですよ。
入ったら二度と出られない、あるいは祟りがある、と。
この科学万能の21世紀においても、ですよ!
車がビュンビュン走る国道沿いなのに、いまだにこのわずか20メートル四方の場所だけは手つかずの薮(というか雑木林)になってます。
「昔は広い森だったから、入った人は迷ったかも知れないけどそんなの今は関係ないでしょ?(笑)」という風に勘違いしてる人が、千葉県人でも多いんですが、、、実は違います。
ココは江戸時代からこの広さなんです!
ピンポイントで「入ったらアカン!」という場所、本物のタブーなんです!
今は国道側は小さい神社になってて鎮護されていますが、石の塀越しに覗いても何か得体の知れない妖気を強く感じます。


あ、なんか自伝と無関係になってきました。
すみません。
まあ、脱線も人格の一部ということでお許しください。
次回はちゃんと書きます。(続く)
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